某ダムにて

回顧録〜永遠の初心者ライダーのエッセイ

 小さな頃から体育が何より苦手で、趣味は読書と映画鑑賞
 そんな超インドア派OLが、何を思ったか23歳でバイク免許を取得しました
 こちらでは、幾多の立ちゴケを経験しながらも 50ccスクーター、CB125T、
CBR250RR、ディグリー(250ccオフロード)、そしてスズキ・SV1000Sへとステップアップした管理人の、苦労と栄光の軌跡をご紹介しています

くりすちーぬ

 私のバイクライフは、HONDAのTACT(50ccスクーター)との出会いから始まりました。
 当時、私は数々の武勇伝を打ちたてており、
「先輩の自転車を自分の自転車と間違えて乗り回し、”これは○○(先輩の名前)の自転車です、乗っていかないで下さい”という張り紙をされた」
「田んぼで拾った自転車を持ち帰り、警察に届けず横領して自分の自転車にした」
「雪の中、自転車で爆走して田んぼに落ちた」
「10kgの米を担いでスゴイ形相で自転車に乗っている」
 
 これ以上、平和なこの町にかような危険人物を放置して置く訳にはいかぬ、と考えた当時の上司が、私に使わなくなったスクーターを譲ってくれたのです。

 後日、その親切な上司が「平和なこの町にスクーター暴走族を送り出した張本人」として部署の全員に責められたことは、また別のお話(ゴメンね室長)。

 乗り始めた頃は時速20kmでも「もうだめだ。こんな速度では曲れないし停まらないよ」と本気で悩んだものです。
 しかし、その後スピードにも慣れ、1ヵ月後にはフルスロットル(といってもたったの60km/hですが)で市内を爆走していました。
 懐かしい思い出です。

美しい想い出その1

 定番装備は、パフィメット(半キャップにお洒落なゴーグル付き)+リボン+長袖ジーンズの上着+ビニール製の皮(っぽい)手袋+スニーカー+ミニスカートでした。
 当時、信号待ちをしていると、対向車線のトラックの運ちゃんが笑顔を振りまいてくれることがよくありました。
 多分、停車して足を着くと、ミニスカートの中身が露出していたからだと思います。

 22歳当時ならいざしらず、今なら警察に通報されるかもしれませんので、気をつけなければいけません。

美しい想い出その2

 スクーターを譲り受けて最初にしたことといえば、洗車です。
 ボディが鮮やかな灰色だったので、「名前は、ロマンスグレーのオジサマって感じにしよう。チャーリー…マイク…エドワード…」
 などと楽しく考えながら洗車をしてみたら、

 実は真っ白なスクーターであることが判明しました。

 あんなにムラの無い綺麗な灰色だったのに、全部汚れだったとは!!

 ということで、色白のボディに見合うような艶っぽい名前を選び、「くりすちーぬ」と名づけました。

美しい想い出その3

 毎朝くりすちーぬで出勤していたのですが、出勤時の一番のお楽しみといえば、やはり駅裏のロータリーを通過する時でした。
 車どおりが少なく見通しの良いコーナーがあって、スライドを楽しむにはもってこいだったのです。
 車体を倒してステップを擦り、足をガバっと広げてハングオン、そのままリアを滑らせながら力ずくで曲ってゆく…
 悦楽です。

 うまく決まると、通学時の学生さん達から「おぉ!」という賞賛の声をもらえたりします。
 たまりません。

 調子に乗りすぎて失敗すると、フロントから滑って転びそうになるので、片足を地面について腕力で無理やりバイクを立て直したりしてました。
 よくぞ事故にも遭わず無事に生き残ったもんです。

美しい想い出その4

 楽しい時も一緒。
 悲しい時も一緒。

 真冬のある日、残業続きで疲れきって深夜にアパートに戻ると、飼っていた小鳥が寒さと飢えで死んでいました。

 餌はまだ少し残っていましたが、やはり誰もいない部屋というのはとても冷えるのですね。
 弱った小鳥には、もっとたくさん餌をあげなければいけなかったのかもしれません。

 もっと餌をあげていれば、残業なんてせずに早く帰っていれば、と今でも悔やまれます。
 当時幾晩も泣き明かしました。

 数日たって「とりあえず土に埋めてあげなければ」と思い立ち、くりすちーぬに小鳥の亡骸とお線香とお花を乗せて、市内を走り回りました。
 そして、市の全景が見渡せる、丘の上の公園に辿り着きました。

「ここに埋めてあげよう。この町が見渡せる場所で眠らせてあげよう」
 くりすちーぬと一緒に、静かに小鳥の亡骸を土に埋めました

 というわけで、ここまでは感動的なお話だったのですが、これには後日談があるのです。

 一ヵ月後、なんと、その公園が改装されました。
 土の部分がぜーんぶ掘り返されて、コンクリートで固められているじゃぁありませんか。

 め、メリー!(小鳥の名前)メリーの骨がぁッ。゜゜(´□`。)°゜。ワーン!!

 彼女の骨は今ごろコンクリートの下か、はたまた掘り返された土に混ざってヨソの土地でカルシウムになっていることと思います。
 ごめーんメリー、まさか改装されるとは思ってなかったよ〜

美しい想い出その5

 ある日、雪が降り始めたのでスクーターを置いて出勤…しようと思ったのですが、その日はお茶のお稽古の日。
 会社から直接稽古場へ通っていた私には、どうしても交通手段が必要で、無理やりくりすちーぬで出勤しました。
 そしたら、お稽古場へと向かう道の途中で遭難しかけたのです。

 零下10℃の猛吹雪の中では、バイクが前に進みません。
 道が見えないのです。
 大げさな話ではなく、本当に気が遠くなりかけました。

 このままでは危ない、と命からがら通りすがりの市役所駐輪場に駆け込み、愛するくりすちーぬを乗り捨てました。
 いったん安全な場所に避難し、天気が回復してから迎えにこようと思ったのです。
 まさか、春が来て雪が解けるまで迎えに行けないだなんて、そのときは想像もしていなかったのです。

 あそこは、冬の長い土地でした。
 迎えにいけたのは、5ヶ月も経った後でした。

 5ヶ月も放置していたのに、セル一発で始動したくりすちーぬ。
 すごいぞくりすちーぬ!
 たくましいぞくりすちーぬ!!
 ごめんよくりすちーぬ!!!

 彼女と私は一心同体
 楽しい時も一緒。
 悲しい時も一緒。

 でも、寒い時は一緒じゃなかったです。

美しい想い出その6

 でも、暑い日は一緒でした。
 当時、私はお料理教室に通っていました。
 教室には、先生のご自宅が使われていました。
 これがまた笑っちゃうような豪華なマンションで、管理人&オートロック付き、シャンデリアがぶらさがったホールにプール付きまではともかくとして、なんと、屋上には温泉までついていたのです。

 夏、そんな豪華なマンションに、温泉セットを積んで通っていました。
 教室の帰り道に温泉でひとっぷろ浴び、首からタオルを下げ、ビールを買い、半そで単ぱん姿で市内を爆走するのが私の楽しみだったのです。
 温泉で火照った体を、風が優しく撫でていきます。
 んで、帰ったらビールでキュゥ!
 悦楽です。

 難点は「昨日の夜、首からタオルを下げた個性的なお姉さんがスクーターで爆走しているのを見たんだけど、まさか、鳩子ちゃんじゃないよね?」と会社で聞かれることです。
「い、いえ、私、お料理教室に行ってましたから!タオル?そんな、まさかぁアハハ」という苦しい言い訳をしなければいけませんでした(多分バレてます)。


 その他にも、
 台風の日に命がけでコーラスの練習(当時女性合唱団に所属していました)に向かったら、トラックの排ガスでパンダみたいな顔になった(そして練習は中止になっていた)とか、
 朝、寝ぼけてウィリーで国道に突っ込んじゃった(生きてて良かった)、とか、
 想い出は尽きないところです。

 個人的な感想としては、スクーターでの経験は、ビックバイクでのライテクの参考にはなりませんでした。
 乗り方が全然違うからです。
 でも、「バイクって楽しい」と思わせてくれたという点では乗ってよかったなと思っています。

 その後、彼女とは結婚して引越しをするときにお別れをしました。
 今にして思えば一枚くらい写真を撮っておけばよかったのですが、残念ながら記録が残っていません。
 美しい想い出をありがとう、くりすちーぬ

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