某ダムにて

回顧録〜永遠の初心者ライダーのエッセイ

 小さな頃から体育が何より苦手で、趣味は読書と映画鑑賞
 そんな超インドア派OLが、何を思ったか23歳でバイク免許を取得しました
 こちらでは、幾多の立ちゴケを経験しながらも 50ccスクーター、CB125T、
CBR250RR、ディグリー(250ccオフロード)、そしてスズキ・SV1000Sへとステップアップした管理人の、苦労と栄光の軌跡をご紹介しています

二輪生活の始まり

 ある雨の日
 当時10歳だった私は、どうしても自転車が欲しかった。
 しかし何度頼んでも親に買ってもらえず、仕方なく近所の粗大ゴミ捨て場に潜入して、ボロボロのママチャリを拾ってきた。
 必死で磨いて、ヒーコラいいながら一時間自転車を押し続けて近所の自転車屋さんまで行った。
 なけなしのお小遣いをはたいて自転車屋さんにタイヤ交換をお願いしたら、あっさりと”お金が足りないんだよね”と言われた。
 無常なる大人の世界…

 小学生の私には、もはや道で小銭を拾うしかお金を稼ぐ手段はなく、途方に暮れて家に帰ろうとした時、自転車屋さんのおじさんが声をかけてくれた。
 ”ちょっと待って。中古のタイヤならあるよ。パンクしてるけど、修理すれば使えるよ。あれなら、ただであげる。パンク修理代だけでいいよ。”
とおじさんはいってくれた。
 ぷるぷると震える手で記念硬貨の500円玉を渡すと、おじさんは
”普通のお金ができたら、またおいでね。これ、返してあげるから。お母さんにお願いしてごらん。”
と言ってくれた。

 その後、親に借金して工面した500円玉を届けにいったら、おじさんは
”パンクしたら、また修理してあげるから。遊びにおいで。”
といって記念硬貨を返してくれた。

 そんなことがあった自転車だったから、”汚い”とか”かっこ悪い”とか言われても買い換える気がしなくて、随分乗り回した記憶がある。

 月200円のお小遣いに対して、当時は不満ぶーぶーだったけれど、「捨ててあったものを拾って使う」などという粋な小学生を育てた親は、実は偉大だったかもしれない。
 単なる貧乏?…いやいや、子育てとは実に奥深いものである。

 思えば、これが私の二輪生活の始まりだった。

 あのおじさんのいた自転車屋さんは、いつのまにか無くなっていたけれど、私の二輪生活はまだ続いている。

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